ダールのポリアーキー論

ダールのポリアーキー論

第二次大戦後のアメリカ政治学の第一人者となったダールは.デモクラシーの理念ではなくその現実を客観的に分析しようというシュンペーターの方法的自覚を受け継ぎながら,エリートと大衆とを対立させるシュンペーターの二元論を克服しようとした。その際にダールが注目したのは,「集団」であった。集団こそ,孤立した無力な個人と,政治に対して全面的に責任を負うと期待される指導者層の間を媒介する存在なのである。

ダールはまず,デモクラシーの伝統は,政治的平等と人民主権を奉ずる人民主義的民主主義に尽きるものではなく,第4代アメリカ大統領マディソンに発するもう一つの民主主義のモデルがあると主張した。
マディソン的民主主義は,徒党(faction)をうまく利用することに成功した体制である。マディソンによれば,一つの徒党が強大な権力をもつ事態は民主政にとって致命的な結果をもたらすが,複数の徒党同士が相互に牽制しあいつつ競合することは,民主政にとってよい結果をもたらす。
このマディソン的民主主義の伝統は,現代のアメリカにおいては,企業・労働組合・政党・宗教団体・女性団体といったさまざまな利益集団相互の競合と調整というかたちで,着実に受け継がれている。ダールは,著書『統治するのはだれか』(1961)において,1950年代のアメリカ社会のケーススタディを通し,そこではエリート論者が主張するような,一枚岩的なエリート層による政治権力の独占は実際には存在せず,権力はさまざまな利益を代表する複数の社会集団の間で共有されていると結論づける。また,個人が複数の団体に重複加盟することも少なくない。こうした集団間の交渉や連携によって一種の競争的均衡が生じ,市民は集団を通して十分に指導者をコントロールすることができる。その意味で民主政は,少数エリートの統治ではなく,複数の少数集団の統治であるというのである。

ダールはこういったアメリカの現実の民主政を,理想としての完全な民主政とは区別するために,特にポリアーキーと名づけた。ポリアーキーにおいては,ばらばらの個人ではなく,利益をともにする者の間で組織された複数の集団が相互に交渉しつつ,議会における最終的な決定にいたるまでのさまざまな過程に影響力を行使する。選挙や議会における決定という制度的局面の背後でこのような活動が展開していることこそ,アメリカを相対的にはより民主的な政体とする重要な鍵なのである。

このように,利益集団や圧力団体のような自立的集団の活動に注目する議論は,多元主義もしくは多元的民主主義論と呼ばれる。近代社会がさまざまな利害に分裂した多元的社会であるとすれば,利益集団間の妥協によって合意を導くというのは,そのような社会によく適合する民主政の一形態であることは否めない。もちろん,それがうまく機能するのは,個人の利害がいずれかの利害集団に確実に代表されていること,また利害対立が経済的なそれのように,何らかのかたちで妥協可能な比較的穏やかなものであることが,暗黙のうちに前提できる社会においてのみであろう。とはいえ,ダールのモデルは,リベラルな社会における民主政の安定という観点から見れば,きわめて説得力のあるものと受け取られたのである。