トニー・フィッツパトリック『自由と保障 ― ベーシック・インカム論争』
∟ 第9章 エコロジズムとベーシック・インカム
9.1 育成される市民
■エコロジズムによる市民権
・ 現在の種において知覚された地位と未来の種において知覚された地位間の平等化、と定義される。
・ 人類には(人類および人類以外の)未来の世代の福祉を保証するための強い義務がある。
・ 政治共同体は地球単位の世代間関係のなかで定義される。
→諸個人は自らを自然環境の自覚的な保護者・後見人と考えるべき。自然環境は個人の所有物ではないが、個人の生活は自然環境が存在することによってはじめて可能となる。
9.2 崇高な解釈Ⅲ
■福祉国家に対するエコロジストの3つの批判
① 福祉国家は「産業主義の論理」に由来するとともに、それを支持している
・ 有限な世界のもとでは、成長の限界が存在するので、福祉国家は持続可能ではない。
・ 福祉国家は、社会問題の原因ではなく症状を扱う、福祉の治療的なシステムにすぎず、有効性に乏しい。
② 福祉国家は雇用倫理に依存している
・雇用倫理の2つの想定
1. 不安定で変動を繰り返す資本主義市場を、伝統的な核家族をしじすることによって、補正できる。
2. 仕事は、収入や地位を分配するうえでの主な手段であるべき。
・ 失業は雇用に執着する社会にもたらされた帰結。エコロジストは、雇用の重要度を引き下げて、すなわち労働時間を大幅に短縮して雇用を創出することが、雇用による福祉から脱するための必要条件と考える。
③ 福祉国家は消費者-クライアントとしての市民に基づいている
・ 福祉とは、組織の規則や基準を観察し、それに従うことを通して稼得された物質的な豊かさであるという考え方に行きつく。
・ 個人的な価値を物質主義的な尺度によって比べるべきだとする共通の本能に帰着する。
9.3 社会保障
・ 社会的公正とは、雇用水準の増加や環境に無配慮な成長ではなく、現在の雇用水準を凍結して現在の雇用を再分配することを意味する。
・ 雇用倫理の強調をやめて、雇用を生活の中心から外していくべき。
9.4 エコロジストにとってのベーシック・インカム
■BIの3つの利点
① BIには、経済成長の鈍化を促進する潜在能力がある。
・ 経済成長は財のプラスの効果を帳消しにするような「不良品」も生み出している。
・ BIは、無条件であることによって、拠出と給付の結びつきを切断し、GDPの成長に対する理論的根拠を弱める。
・ 職歴や地位と無関係に支給されるため、雇用倫理を弱体化させ、この倫理を正当化する生産主義の想定を弱体化させる。
② 共有の倫理を具現化する
・ 社会の富は、(a)自然資産、(b)経済的・技術的遺産、(c)現在の労働者/拠出者の相互努力の3つがある。(a)(b)は共同所有物であるから、そこから得られた富の一定割合を、無条件に分配すべきである。
・ 現在の移転システムは、環境破壊的な成長に最も貢献した者に最も多くの物を与えるが、BIは共有制平等主義を表現化し具現する。
③ BIは貧困と失業の罠を軽減できるので、パートタイム労働や低賃金労働が魅力的になる。
■BIを支持したがらない3つの理由
① BIが未来のエコロジカルな社会における役割を果たす可能性はあるが、その社会に導く力は弱い。
・ 緑の社会と経済に達成するためには、大衆意識を大きく変革し、制度を再編することが必要になるが、BIは既存の価値観、想定、習慣を強固にするだけである。
・ エコロジストの反物質主義と、BIの財源を調達するために高水準の物質的豊かさが必要であるという事実が矛盾を来す。
② BIによって、「労働社会」を退出し、他の活動を追求することが可能になるが、それが環境にやさしいという保証はない。
③ 環境保護派が望む分権化と、BIは中央集権的に運営せざるをえないという事実は矛盾する。
9.5 緑の政策パッケージの一部としてのベーシック・インカム
■ジェームス・ロバートソンと環境税の擁護
・BI達成が導入されると3つの機能が遂行される…
① 諸資源の共同所有権が確保される。
② 第3セクターの非国家・非市場による社会的経済が促進される
③ 環境税の逆進性の緩和
・環境税がBIとセットで導入されるときのみ、上記の目的が達成される。
■アンドレ・ゴルツと労働時間短縮の擁護
・ 公正な社会とは、必然性の領域で費やすことが求められる時間が最も短くなり、自由の領域で費やすことの時間が最も長くなった社会。この目的を達成するために、労働時間の短縮とBIの導入を提言。
・ 過剰な雇用労働に従事する者と不十分にしか従事していない者がおり、その不均衡を是正するためには、就労可能な人すべてに最低労働時間だけ働くことが要求される。
・ ゴルツの想定する社会ではBIは2つの機能を果たす…
① 雇用労働が所得の主要な源泉ではなくなり、BIは「差額を補填する」第2の小切手になる。
② 最低労働時間の労働を行わなかったり拒否すると、BIの受給権は剥奪される。
・ 反対論もあったが、エコ社会主義者の提案に労働時間の短縮とBI改革が含まれるとの考え方を確立した。
■クラウス・オッフェとインフォーマル経済の擁護
・ BIは(インフォーマル経済と「協働サークル」の成長を促すための)政策パッケージの一部となるときにはじめて大きな力を発揮する。
・ 「協働サークル」のモデルは、集合的供給が市場の形態で組織されることを提案している。それには2つの条件がある…
① サービスの交換は貨幣メディアを介して行われるのではなく、サービス・バウチャーを介して行われる。
② 不換通貨の用いられるこの種の市場を維持するために、公的補助が必要。それは財政支援ではなく、空間、設備現物支給、人的資本の提供というかたちをとる。
・「地域における貨幣を用いない交換システム」…例:LETS(Local Employment and Trading System)
・ BIと非貨幣的交換が連携したシステムは、第3セクターにおいて、重要な役割を果たす。二つは相互補完関係にある…賃労働に従事したくない者は、第3セクターにおいて他社と財やサービスを交換する機会が与えられるため、BIに頼る必要がない。日常的に貨幣を用いないで交換を行っている者は状況が変わったときにBIを最後のよりどころにできる。
9.6 結論